「洛陽四十八願所」の第二十四願は「安楽院」です。また、回る順番は20番目となっています。
巡礼を回る順番と四十八願の「願」の数はお寺によって違うことがあります。回る順番は、巡礼を行いやすいように地理的に近いところを次にすることがあって、「願」の番号とは順番が変わってしまったりするのです。今回は「願」ではなく、巡礼を回る順番通り並べていきますのでご注意ください!
巡礼「洛陽四十八願所」について知りたい方はこちらでどうぞ。
1.第二十四願 安楽院について
宗 派 浄土宗
寺院名 安楽院(長徳山 功徳院 百万遍知恩寺 塔頭)
所在地 〒606-8225 京都市左京区田中門前町103
本 尊 阿弥陀如来
御朱印 知恩寺の御朱印は有り
サイト等 http://chionji.jp/
安楽院は知恩寺の塔頭ですが、実は現在はもうありません。
ということで安楽院へ行くのは無理なので、本山の知恩寺さんへお参りすることにしました。ただ、この安楽院については知恩寺さん塔頭のご住職に一緒に調べていただいたので、「3.いざお参り!」の部分にその経緯も書いておきたいと思います。
①歴史
知恩寺さんのサイトにある歴史の記述を参考に表にしてみました。
| 八百数十年前 | 法然上人は百万遍知恩寺の前身で、賀茂の禅坊と当時呼ばれた賀茂の神宮寺に住んだ。 |
| 建暦2年(1212) | 1月25日 法然上人入滅。 |
| 法然上人の直弟子・勢観房源智上人が師の恩に報いるには「恩」を「知」らなければならないと 知恩寺と名付けられた。 | |
| 元弘元年(1331) | 第八世善阿空圓上人の時、地震がもとで都に疾病が蔓延。 |
| 後醍醐天皇の勅命により、善阿上人が弟子らと共に七日七夜にわたって百万遍の念仏を 称えながら大念珠繰りをしたところ、疫病が治まったことから「百萬遍」の号が下賜された。 | |
| その後幾度か移転。 | |
| 寛文2年(1662) | 第三十九世中興の光譽萬霊上人によって現在の地に再興された。 |
| 宝暦6年(1756) | 第四十八世震譽知巖上人が御影堂を一回り大きくして総欅造りに改めた。 |
願の数(二十四願)と順番(20番目)が違うのは、この四十八願が決められてから知恩寺が引っ越しをされたからのようです。
若い人たちは「百万遍」というと京都大学を連想するのではないかと思うのですが、もともとの名の由来は、知恩寺でお念仏を数多く唱えたことだったんですね。
しかし知恩寺の大念珠繰りは有名で、これが全国の数珠繰りへと広まっていったのだそうです。私も大念珠繰りをしてきたんですが、本当に大きな数珠でしたよ!これを見てて1つ思い出したことがありました。それも含め、あとでまた詳しく書きますね♪
②仏像・墓など
大本山なだけに宝物は大変多く、ここでは知恩寺さんのサイトに上がっていたものをリストアップさせてもらいました。
詳細は知恩寺のサイトをご覧ください。
1)彫刻
| 釈迦如来坐像 | 平安後期―鎌倉時代 | 釈迦堂の本尊 慈覚大師円仁作と伝えられる。 |
| 阿弥陀如来立像 | 平安時代後期 | 元は法主の部屋に安置されていたが、今は衆会堂に安置。 |
| 阿弥陀如来立像 | 鎌倉時代 | 快慶作? 御影堂の左脇壇に安置。 |
| 阿弥陀如来立像 | 鎌倉時代 | 阿弥陀堂の本尊 |
| 法然上人坐像 | 室町時代 | 御影堂の中心の像 遺骨と遺髪を納める |
2) 絵画・その他
| 善導大師像 | 鎌倉時代 | (重要文化財) |
| 仏涅槃図 | 鎌倉時代 | (重要文化財) |
| 浄土変相図 | 鎌倉時代 | (重要文化財) 当麻曼荼羅と呼ばれるもの。當麻寺の模写。 |
| 阿弥陀三尊像 | 高麗時代(13世紀) | |
| 蝦蟇鉄拐図 | (中国:元代) | (重要文化財) 顔輝筆 |
| 利剣名号・大念珠 | ともに後醍醐天皇から下賜されたとされるもの。 |
*重要文化財は京都国立博物館・奈良国立博物館に委託されています。
3.いざお参り!
お参り日:令和6年(2024年11月25日・12月15日)
①「お念仏のつどい」で数珠繰りをする!
ちょうど行った日は浄土宗京都教区主催の「お念仏のつどい」の行事がありました。その日知恩寺では法然上人の法要・講談などのイベント・そして普段毎月15日しか行われない大念珠繰り(数珠回し)が行われることになっていました。
知恩寺の中には自転車を停めるところはありません。自転車で来られる方は、百万遍の北西角にある駐輪場が安いのでおすすめです(エコステーション21 百万遍まちかど駐輪場 最初から30分まで無料・6時間まで50円)。
自転車を駐輪場に置き、再び門に到着。

あれ?人がいない… あ、そんなに多くの人が来てないのかな?
本当は13時から法要だったのですが、行ける行事だけ行ったらいいんだろうと思い15時の数珠繰りの時間の直前に行ったのですが… しまった~どうやら最初からずっと参列しなければいけなかったようです💦

境内の中はがらんとしています。
御影堂の中にはたくさんの人がいるのかな…?
御影堂のほうへ急いで近づき、どうしようか迷っていると…

これから大念珠繰りするから、早よおいで!
と、法然上人似のお坊様のやさしいお言葉!すでに多くの信者さんが数珠を持って座っておられる中に、するっと入らせていただきました。
(御影堂の中は撮影禁止なので撮れません)
数珠はとっても大きくて、1粒の直径は6~7㎝、珠の数1080個、長さ110m、重さ350kgもあります。それを御影堂の中いっぱいに広がり並んだ人たちが持ち、順番に右へ動かしていきます。数珠は…重い!下から支えるようにして持たないと落としてしまいそうなほど重いです!
しばらくして、真ん中におられる導師のお坊様の「南無阿弥陀仏」に合わせて「なむあみだ~ぶつ!」と独特な節回しでお念仏を唱え始めます。大きな親玉がやってくると、それを押し戴いて「アン!」します(拝みます)。

ホンマに大きな玉なん!朱色の網をかぶせてあるのんえ。
私事ですみませんが、ここで私は思い出したのです。この親玉には朱色の網がかぶせられているのですが、実は10年ほど前、これと同じ網をうちで作ったのでした。実はうちの家業は、組紐や撚り紐を作る仕事なのです。ひょっとして?と思いながら、巡ってきてすぐ去っていく親玉をまじまじと見ていた私でした!
こんなに大きな数珠、どうやって片づけるのかなと思っていたら、御影堂の中の周りにぐるりと掛けてありました。本当に長い数珠です!
②「知恩寺」ではなく「あんらくいん」と書かれている!
行事が終わったあと、御朱印をいただこうと思ったのですが、ここでちょっと困ったことが。
私の持っている札書きには「知恩寺」ではなく「安楽院(あんらくいん)」とあるのです。

塔頭の名だろうと思い、中のある塔頭のご住職に尋ねたのですが、「このような塔頭は今はないなぁ。」とのお返事。
しかしそこで終わらず、本当にいろいろと調べてくださったのでした。どのお坊様もとても親切で、もう感謝しかありません!
③そして、阿弥陀様はいずこへ…
そして今日は阿弥陀様のお参りに来たからなんとか参拝したいと思ってきたのですが…

阿弥陀堂の戸は閉まっています。
おかしいなと思い聞いてみると、あいにく今日はまだ、阿弥陀様は京都国立博物館の「法然と極楽浄土」に出展中とのこと。
あ~そうだった、忘れてた!え~どうする?

この展示は見に行ったの忘れてたん。阿弥陀さんは、展示中はお性根抜き*してあるのん。そやしやっぱりお寺で拝まんとなぁ!
*お性根抜き… 魂を抜くこと。宗派によって考え方が違うので、しないところもあります。
12月15日にはお帰りになっている、とのことだったので、もう一度行くことにしました。
④「手づくり市」の日にリベンジ!
そして12月15日。「手づくり市」の日がやってきました。

毎月15日は、いろんな作り手が集まって「手づくり市」が開催されるのです。この間とは全く違う場所かと思うほど多くの人たちが! 本当にたくさんのアーティストがやってきて見ごたえがありますよ。


そしてやっぱり、先日とは全く人の数が違います!
午前中は動けなくなるほどの人出だったようですが、午後には人は多いもののスムーズにお参りできました。お寺に来た方のうち、お店を物色したい方は午前から、そうでない方は午後の方が良いようです。
阿弥陀様がおられる阿弥陀堂は、門からまっすぐ数メートル歩いた左手の方にありました。

阿弥陀堂の中、奥の方に阿弥陀様が見えています。
厳かな雰囲気の中、阿弥陀様はおられました。快慶作の可能性が出てきたという阿弥陀様。有難い思いで朗誦十念(10回南無阿弥陀仏と唱えること)してきましたよ。
⑤「安楽院」ありました!
前回伺ったときに問題となった「安楽院」。その時は塔頭の中にその名は無かったのですが、その後図書館で調べたところ、「京羽二重」という江戸時代の京都案内書に記述があるのを見つけました。
長徳山智恩寺百萬遍 神楽岡之西北田中村
京都叢書2「京羽二重 巻四」より
〇西塔頭
心行院 栖松院 善導院 琢窓院 正善院 養春院 慶運院 壽仙院 常行院
〇東塔頭
勢至堂 安楽院 龍見院 休安院 安養院 瑞林院 如意庵 源興院 浄土院 養源院 天養院
「京羽二重」が書かれたのは貞享2年(1685年)で、洛陽四十八願所が始まった慶長18年(1613年)からは70年あまり後。そのころにはまだ「安楽院」という塔頭があったということですね。

今現在は塔頭の数も減ってるし、「安楽院」もこれまでの間になくなった塔頭の1つなんやろなぁ。
しかしすでに「安楽院」はないのでお参りはできません。わざわざ塔頭のご本尊が選ばれたということは、どんな素晴らしい阿弥陀様がおられたのでしょうか♪拝ませていただきたかったですね。
…いやあるいは、今阿弥陀堂におられるあの阿弥陀様かも…! もう一度聞いてみたくなりました。
・御朱印をいただく仏様を必ずお参りください。
・境内の写真はお寺さんに許可をいただいてから撮ってください(仏像は信仰対象なので撮影不可が多いです)。→こちらのような大きなお寺では指示があると思います。
3.御朱印

阿弥陀如来さまの御朱印がなかったので、一番関連の深そうなものをいただきました。知恩寺のご詠歌です。
「われはただ 佛にいつか あふひ草
心のつまに かけぬ日ぞなき」
訳:私はただいつか仏さまにお逢いするということを、葵が掛けて飾られるように、心に思わない日はありません。
「仏さま」というのは、「阿弥陀様」のことです。阿弥陀様巡礼にはぴったりの御朱印ですね♪
御朱印は300円。
他に、「圓光大師」「釈迦如来」があります。
4.阿弥陀如来の誓願
阿弥陀如来の誓願の24番目です。
成仏したなら、その国土の菩薩たちが諸仏のもとで功徳を積もうとして、供養の品を意のままに現出できるようにしたい、という願。
参考:新纂浄土宗辞典
5.知恩寺への道のり
*地図が見えにくい時は地図上をクリックしてください。
住所表記は「京都市左京区田中門前町103」。
昔の街中ではなく、田中村という村だったので通り名の住所ではありません。
素晴らしい仏様、大きな数珠、そして優しく親切なお坊様方。2回行きましたが、2回とも行って良かったと思えるお参りになりました。ありがとうございました!
次は21番目、第十八願の真如堂です。
安楽院(知恩寺)の前はこちら。





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