「洛陽四十八願所」の第十一願は「超勝院 独妙山大谷寺」です。第十願称念寺と同じく西陣の中心地にあるお寺です。
巡礼「洛陽四十八願所」について知りたい方はこちらでどうぞ。
1.第十一願 超勝院 独妙山大谷寺について
①歴史
歴史についての解説は一部サイトにもありましたが、こちらはほぼ参考図書からの情報です。
| 天正15年(1587年) | 豊臣秀吉の命により寺地1250坪の地を与えられる。 |
| 慶長年中(1596-1615) | 尊蓮社体誉玄公上人により建立された。 |
| 天明8年(1788年) | 天明の大火により類焼。 |
| 寛政5年(1793年) | 第12世・弁誉が再建。 |
②仏像・墓など
ご本尊の阿弥陀如来は役行者の作で、大和と紀伊の国境の雲雀山の草庵にあった「中将姫の念持仏」と言われているそうです。
中将姫は、右大臣藤原豊成の娘で、奈良の當麻寺にある当麻曼荼羅を蓮の糸を用い一晩で織った人と言われています。
才色兼備の中将姫は9歳のころ孝謙天皇の前で琴を演奏し称賛されました。その後継母にいじめられ殺害されるところでしたが、結局殺害できなかった家来によって、雲雀山にあった青蓮寺に身を隠したのだとか。
そんな中将姫が常に持っていた阿弥陀様がご本尊。一度拝観したいものですが…
3.いざお参り!
こちらはいつも私がボランティアに行っている場所から大変近く、今まででも行こうと思えばいつでも行ける場所です。しかし今まではご縁がなく、今回は初めて伺ったのですが…
残念ながら、こちらのお寺さんは、全く拝観をされてないとのことでした…泣
しかし理由はお寺を見ればすぐにわかります。境内のほとんどが保育園になっているからです。園児の安全を守るための措置というのが一番の理由でしょう。
大体京都の街中にある小さな寺院(特に浄土宗・真宗)は一般の拝観を拒まれているところがほとんどと思われます。それがまた檀家さんにとっては、プライバシー保護の観点から安心の理由でもあります。また、個人経営のお寺さんに、門戸をいつも開くことを要求するのは酷な気もします。
ということで今回はお参りは諦めて、私の持っている四十八願札書きの写真コピーをお渡しするのみといたしました。私としてはこれで目的達成です。
無理強いと抜け駆けは絶対ダメですよ。それぞれのお寺のご事情は尊重しないと。
お寺の入り口はこちら。園児の安全のためなら仕方ないですね。

・観光寺院でない普段から人の出入りがほとんどないお寺の場合、出入り自由のイベント以外では必ずお電話で許可を得てください(断られることもあります)。
・御朱印をいただく仏様を必ずお参りください。
・境内の写真はお寺さんに許可をいただいてから撮ってください(仏像は信仰対象なので撮影不可が多いです)。
3.御朱印
上記のような事情で、御朱印はいただけませんでした。四十八願の中で、今までいただけなかったところは結構ありますね。
4.阿弥陀如来の誓願
阿弥陀如来の誓願の11番目です。
自らが成仏した国土(極楽世界)の人天がさとりに至ることが確約された位(正定聚)にあるようにしたいという願。
参考:新纂浄土宗辞典
すみません、私の理解を超えていて説明できません(いつものことですが)…
5.寺への道のり
*地図が見えにくい時は地図上をクリックしてください。
住所表記は「京都市上京区大宮通鞍馬口下る東入新ン町」。
これはちょっと表現が他のとは違い、まず「大宮通を鞍馬口通より南へ行く」というのを表現し、そのあと、そこから入れる横の通りを東に行く、という2段に分けた書き方になっています。入っていく横の通りが大宮通に面しているので、大宮通が鞍馬口(通)より先に書かれています。
→京都の住所表記法については「第一願 聖徳寺」の京都の住所表記についてへ

ちょっと難しいけど、まず大宮通を移動するし、先に来るのが大宮通になってるのえ。
次は12番目、第十二願の報恩寺です。
超勝院の前はこちら。




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